小学生、中学生むけの学習塾時代(いまも、東進スクールとして展開中)の蓄積を活かし、特訓クラスなど、密着型のクラス運営にも力を入れています。「東進の特訓クラスで、中学レベルの基礎からやり直せたから、浪人の一年間がムダにならなかった」そうした意見も出ているように、学力に自信のない人でも、安心して受験勉強に取り組める環境をつくっています。また、代ゼミの「講師力は、合格力」に対抗すべく、「講師陣が自慢です!」のキャッチフレーズを掲げ、講師の登用には、とくに力を入れています。東進ハイスクールのパンフレットには、かつて大手予備校、他の準大手予備校で有名だった講師がズラリと顔をならべ、人材もバリエーションに富んでいるのです。お兄さん世代などに見せると、「この先生、いま、ここにいるの」と驚かれます。自分で後からビデオが見られるSVL(サテライブライブラリー)や、パソコンで自習できるシステムも導入しており、自主性がある生徒には、とくに好評なようです。次は業界になにをプレゼンテーションするか、目が離せません。
毎年1月から2月にかけて、受験に関したニュースがテレビで報道され、新聞に掲載されることが多い。そのような番組を見たり、記事を読んだりした受験生の親は、今の受験競争は昔に比べて激しくなっていると思うに違いない。はたしてそうなのか、中学受験、高校受験、大学受験の三つの場合について考えてみる。中学受験に関しては、三十年前に比べたら、ケタ違いに競争が厳しくなっていることは確かだ。92年までは受験者の絶対数が増え続けたし、倍率も高くなってきていた。それ以降は少し沈静化したが、それでも倍率は高校受験などに比べたら、かなり高くなっている。また問題の難易度は一般的に高く、十年前からは受験参考書に出ていないようなことまで出題されるようになった。競争率といい問題の難しさといい、昔に比べたら、中学受験はやはりマスコミがいうように、激しくなってきたことは事実であろう。では高校受験についてはどうだろうか。私立中学を受験する理由の一つとしてよく挙げられるのが、「高校受験が大変だから」といったものがある。
よくあるのが、本人の意図に反して、準備が整った段階で勉強に対する意欲が殺がれ、テンションが低下してしまうケースです。意欲が薄らいでいる分、勉強に向ける関心も弱まっていますから、思うようにはかどりません。とどのつまり、肝心の勉強が嫌になってしまうのです。また、このタイプの人は、勉強を特別の集中行為と形式的に考える傾向があります。たとえば、三時間なり四時間、一気に勉強しなければならないと信じているので、その間、びっちり机に向かって座っています。最初のうちは集中できても、そのうちに疲れてきます。やがて勉強よりも机に向かって座っていることが目的化してしまい、大してはかどっていないのに、じっと座っていることで勉強しているような気になってしまうのです。もちろん、それでも疲れます。疲労は体から頭におよびます。頭の疲れのために記憶がうろ覚えになっているばかりか、自分は疲れるくらいすごく勉強をしていると錯覚することもあります。これは、こうしたタイプの人が陥りやすい錯覚です。